ゆめの、大かんらん車

遊園地

アヤの住んでいる町には、とても古い遊園地があります。アヤのおじいちゃんが子どものころに遊んだことがあるというのですから、それは古い遊園地です。
「あそこはたのしくてふしぎな遊園地なんだよ。」おじいちゃんがアヤに話します。
「なにが?」
「それがなぜだったかは思い出せないんだけど、とにかくゆめのようにたのしくてふしぎな遊園地なんだよ」おじいちゃんは、遠くを見るような目をしています。
「おじいちゃん、それじゃあわけがわかりませんよ」ママがちょっと心配そうな顔をします。
でもアヤは『ゆめのようにたのしくてふしぎな遊園地』っていう言葉に、なんだかとってもワクワクするのでした。

今日は、その遊園地にママにつれて来てもらいました。パパもいっしょがよかったんだけど、パパは今日はお仕事です。とてもいそがしいみたいです。
この遊園地には、メリーゴーランドとかお化け屋敷とか、いろいろなものがあります。
「なんだかみんな古くて小さくて・・」なんてママ。「よくこれでつぶれないで続いているわね。それがふしぎよね」
だけどこの遊園地、アヤにはとってもたのしくてふしぎなことがあるように思えるのです。

二人はかんらん車の前に来ました。
「こんなに小さいんじゃ、あんまり景色もよくなさそうだし、だいいち古くてどうも乗る気になれないわ」とママは言います。
看板には、星空や海の絵をバックに『ゆめの、大かんらん車』って書いてあります。ただ、だれが書いたんだかへたくそな字で、しかもペンキがはげかかっています。
「『ゆめの、大かんらん車』だなんて!『大』かんらん車っていうのもわらっちゃうけど、『ゆめの』のあとの点(、)はいらないんじゃないかしら。変なの」ママが笑っています。
係りのお兄さんがよびこみをやっています。「ゆめの・・大かんらん車ですよー、ゆめの・・大かんらん車ですよー」
前をとおる人たちはクスクス笑うだけで、だれも乗ろうとはしません。中学生くらいの男の子たちが「ゆめのー」「ゆめのー」なんておもしろそうにまねしています。
アヤはお兄さんがなんだかかわいそうになってきました。
「ママ、乗ってみようよ」
「うん、そうしようか」ママもおなじ気持ちになったみたいです。
お兄さんに言って、二人でゴンドラに乗りこみます。
「行ってらっしゃい」お兄さんはうれしそうです。



さあ出発です。ガタンゴトンと動き出しました。アヤとママだけが乗ったかんらん車が回りはじめます。
そのときゴンドラがプルプルッとふるえました。すると目の前がちょっとぼやけた気がします。
またプルプルっとして、ふと外を見ると、どうしたことでしょう!
アヤたちのゴンドラの前にも後ろにも、数えきれないほどのゴンドラがつづいています。あんなに小さいと思っていたかんらん車が、とんでもなく大きくなっているのです。上のほうは雲の中に入っていて見えないほど。
ほかのゴンドラを見るとみんな人が乗っています。アヤたちのようなお母さんと女の子、お父さんと男の子、カップル、いろいろです。
前のゴンドラにお父さんのような人といっしょに乗っている男の子がこちらを見ています。知っている子のような気がしましたが、よく考えるとやっぱり知らない男の子です。ニッコリとこちらを見て手をふったので、アヤも手をふってこたえました。
アヤたちのゴンドラが上がっていくにしたがって、とおくの景色が見えてきます。
町が見えてきました。でもアヤの住んでいる町とはちがうようです。アヤの町にはないようなすごく高いビルや、赤くぬられた鉄塔も見えています。
山も見えます。上のほうが白く雪でおおわれたような高い山がいくつもつづいています。

横のほうを見ると、高いけれどなだらかな山が見えてきました。
「あれは富士山みたい。ここから見えるわけないんだけど」ママが首をかしげています。アヤも写真やテレビでしか見たことないけれど、とてもきれいな山だなと思いました。
湖も見えてきました。まわりをたくさんの町が取りかこんでいて、とても大きな湖のようです。でもアヤの町の近くでそんな大きな湖があるなんて聞いたことがありません。
ひろーい草原が見えてきました。動物のむれがいるみたいです。
「あれは羊かしら。そのむこうでかけ回っているのは馬のむれね。きっと」ママもよろこんでいます。
また上がっていくとやがて雲の中に入って、あたりはまっ白。霧の中にいるみたいです。

その雲をぬけ出して、見おろすといちめん雲の海が広がっています。雲がオレンジ色にそまってきました。これは夕焼けです。まだそんな時間じゃないはずなのに。・・
いきなり目の前を大きなものが横ぎりました。旅客機です。こんなに近くから、飛んでいる飛行機が見えるのです。夕日をうけて飛行機もオレンジ色にそまっています。ママとアヤはうっとりしてしまいました。
やがて日がくれて、星がまたたきはじめます。
でも、いつもの見なれた星空ではありません。一つ一つの星が大きいし、かがやきも強いのです。遠くでキラキラするんじゃなくて、望遠鏡で見たように丸く見える星もいくつか見えます。すぐ近くに土星みたいに輪のある星も。
光るものがいくつもいくつもアヤたちの前を飛びすぎていきました。流星群です。
そうです。二人の乗ったゴンドラは宇宙を進んでいるのです!
前のほうにふしぎなものが見えてきました。何もない宇宙に、コンクリートでできたような細長いものがいくつかうかんでいます。アヤたちのゴンドラのスピードが落ちてきました。そしてそのふしぎなもののひとつの横にならんだかと思うと、ガタンゴトンといってとまりました。
アナウンスが聞こえます。「うちゅー、うちゅー。アンドロメダ行きは3番線。天国行きは5番線にお乗りかえください」
駅のホームだったのです!
アヤはアンドロメダや天国って見てみたいと思いました。でも、あとでまた地球にもどれるかどうかわからないので、乗りかえるのはやめることにしました。


ぼうしをかぶった駅員みたいなおじさんが近づいてきて言いました。
「5分間の停車です。トイレに行きたい方はお早めにどうぞ。」
「ここはなんなんですか?駅みたいだけど」ママが聞きました。
「そうです、宇宙駅です。宇宙ステーションです」駅員さんがむねをはりました。
「駅だからステーションだけど、宇宙ステーションていうのはちょっとね」あとからママがクスッとわらいます。
まわりを見るとほかにいくつかのゴンドラも、ホームに横づけになっていました。
ゴンドラから出てみると、手をふっていたあの男の子がいます。
アヤは「こんにちは」かなあと思いながら「こんばんは」と声をかけました。
「こんばんは」男の子もわらってこたえます。
「わたしたち会ったことある?」アヤが聞くと、
「うん、ぼくもそのことを考えていたんだけど、会ったことってないよね」男の子が首をかしげています。「でもはじめて会ったって気がしないんだよね」
男の子はぼうず頭です。太い横じまのセーターはそでやなんかビロビロにのびていて、おまけに『つぎ』があたったりしています。
なんだか今の時代じゃないみたい。昔の男の子ってこんなんじゃなかったのかしら。・・アヤは思いました。
「きみ、ずいぶんきれいな服着てるね。お金持ちなんだな。それにそのズックぐつ、おもしろいね、ビニール製かい?」その子が聞きます。
「うちはお金持ちなんかじゃないわ。ふつうのうちよ。このスニーカーだって近所のスーパーで買ったのよ」
アヤには『ズックぐつ』ってはじめて聞く言葉だったし、男の子には『スニーカー』や『スーパー』というのがよくわからないみたいでした。
男の子が住んでいるところを聞くと、アヤと同じ町内のようです。くわしく聞くと、その子の家はどうもアヤの家と同じところみたいです。そんなはずはありません!
「ジリジリジリ・・」そのとき、ベルがなってアナウンスがひびきました。
「出発しまーす。ゴンドラにおもどりください」
「同じ家だなんて!」アヤはもっと話したかったのだけれど、もう二人はべつべつのゴンドラ。おたがいの声も聞こえなくなってしまいました。
でも、どうしても、あの男の子、アヤのよく知っている子のような気がします。
宇宙ステーションを出発してしばらくすると、ゴンドラはゆっくりと下にむかっておりはじめました。
まわりが少しずつ明るくなっていくようです。星のかがやくまっ暗だった空が紺色になって、こいブルーになって、明るいブルーになって、赤い色がまじってきました。
夜明けです。かがやく星も、丸く見えていた星もだんだん見えなくなっていきます。
下を見ると雲が赤くそまっています。あっ、お日さまが顔を出しました。
夕ぐれの雲もいいけれど、朝日ののぼる雲もまたすてきです。
雲をぬけて、下を見るといちめんの大海原が広がっています。遠くに小さな島も見えてきました。
前のゴンドラを見ると、あの男の子もうれしそうに海をながめています。そしてときどきアヤの方を見て、首をかしげています。
そのときとつぜん、アヤは思い出しました。
あの子の顔、おじいちゃんの子どものころの写真にそっくりなんだ!もしかしたら、昔のおじいちゃんかも・・。おりたらまたあの子と話してみよう!
目の前を、何わもの白い鳥がとおりすぎていきました。カモメです。
海を見ると大きな船が見えます。大型客船です。甲板にあるプールで泳いでいる人もいます。「ボーッ」客船の汽笛です。
もっとゴンドラがおりていくと、海面をジャンプしながらおよいでいるイルカのむれが見えてきました。
大ぜいでアミを引き上げている、漁師さんの大きな船も見えます。
ゴンドラが海面に近づきました。
エッ、海の中に入っちゃう、どうしよう、と思っているあいだにゴンドラはザブリと海の中へ!
大丈夫。ゴンドラには海の水も入ってこないし、息もできます。ガラスごしに海のようすもよく見えるのです。
海面であそんでいたイルカたちがついてきて、まわりであそんでいます。
とおりすぎていくのは、魚の大群です。海の中をプカプカただよっているのはクラゲたち。イカやタコもスミをはいたりしながらおよいでいます。
グワングワンという音が聞こえてきました。大きなものが目の前を横ぎります。潜水艦です。シューンというスクリューの音をのこして遠ざかっていきました。
だんだん海が暗くなってきました。深くなるにしたがって日の光がとどかなくなって暗くなるのです。まわりを泳ぐ魚たちの姿もボンヤリとしています。
まっ暗になりました。ときどきポワッとした明りが見えるのは、顔の前に明りをつけた深海魚。その明りにてらされて海の底が見えてきました。
また宇宙の駅と同じように、コンクリートでできたような細長いものが見えてきました。そしてこんども、そこにゴンドラが横づけされたのです。
海の中なのにふしぎなことにアナウンスが聞こえてきます。
「かいてー、かいてー。しゅうてんでーす」
そのとき、アヤたちの乗ったゴンドラがまたプルプルッとふるえました。すると目の前がちょっとぼやけた気がします。
またプルプルっとして、・・。
はっとして、アヤはママのひざに頭を乗っけている自分に気がつきました。ママも今起きたばかりのように目をこすっています。・・ということは、二人ともずーっと眠っていたのでしょうか?
外を見ると、なんと、まわりの景色はあの遊園地。かんらん車も、もとの小さなかんらん車にもどっているではありませんか!


ドアがひらいて、お兄さんが顔を見せました。
「ありがとうございました。どうですか?おもしろかったですか?」
「ええ、とってもおもしろかった・・ような・・」ふたりでまだボンヤリしています。どうもゴンドラに乗っているあいだ、ずっと眠ってゆめを見ていたような気がします。でもたのしかったことはたしかです。
アヤはあの男の子をさがしました。でも前のゴンドラにはやっぱりだれも乗っていなかったみたいです。
ママがつぶやいています。「『ゆめの、大かんらん車』って、ゆめの中ですごく大きくなるかんらん車ってことなのね。でもわたしたち、それで得したのかしら。それとも眠っちゃってて損したのかしら?」
アヤがふりかえって見ると、二人の乗っていたゴンドラだけがグッショリ水にぬれています。・・ということは、ひょっとして・・。
「あら、このゴンドラ、雨もふらないのにぬれてるわ。それにワカメみたいなのがついてる。かざりのつもりかしら」とおりがかった女の人がおどろいています。
お兄さんがまたよびこみをはじめました。
「ゆめの・・大かんらん車ですよー、ゆめの・・」
「ちょー大かんらん車ですよー」アヤが続きを言いました。
「ちょーとく大かんらん車っていうのよ」ママが教えてくれます。
「ゆめの・・」お兄さんのあとから「ちょーとく大かんらん車ですよー」とアヤ。お兄さんもうれしそうです。

あいかわらず前をいく人たちがクスクス笑っていきます。
またママがつぶやきました。
「『ゆめの』のあとのあの点は、やっぱりあったほうがいいわね。それと、あの乗ったときとおりる前の、プルプルッていうのがあやしいわね。あれで眠っちゃってゆめを見たのね、きっと」


かえりのバスの中です。
「たのしかったね。あのかんらん車」とアヤ。
「そうね、かえったらパパに話そうね」ママがこたえます。
「富士山、きれいだったよね」
「富士山・・。」
「それにあの雲の色。」
「ウン、雲って・・?」ママは思い出そうとして思い出せない、というようなふしぎそうな顔をしています。
アレッ、さっきいっしょに見たばかりなのに。アヤは心配になってきました。「宇宙ステーションも・・」
「テレビで見たの?」
エーッ、ママなに言ってんの。もうわすれちゃったの。いやだなあ。ゆめだったのかもしれないけど、いっしょに見たじゃない。
アヤは思いました。
そうだ。おじいちゃんに話してみよう。きっと思い出すわ。『ゆめのようにたのしくてふしぎな遊園地』にある『ゆめの、大かんらん車』のこと。そしてアヤと、宇宙ステーションでお話ししたことを。

(おわり)


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