ばくもんていか

遊園地

ぼくの町には、古ーい遊園地がある。
父さんは、「あれはおれの子どものころにはもうあったんだ。いまだにつぶれないでやっているなんて、この町の七ふしぎのひとつだぞ」なんて言っている。
今の小学校の入学いわいに、新かんせんに乗って連れていってもらった豊島園はやっぱり楽しい。でも、負けおしみで言うわけじゃないけど、この町の遊園地も、レトロでなかなかいいと思う。
父さんに連れられて、妹のリサと友だちのマサルといっしょに、この遊園地にひさしぶりにやってきた。
ここには、ソフトボールのとび出るバズーカ砲で鬼をやっつけるのとか、ちっともこわくない、笑っちゃうようなおばけやしきとか、そして、ダサーいメリーゴーランドがある。メリーゴーランドっていうより、回転木馬っていった方がぴったりする。豊島園のなんかにくらべたら、クジャクとスズメ、白馬とねずみってかんじ。あんまり乗る人もいなくて、係りのおじいさんは、いつもいねむりをしている。
ところがその回転木馬の前で、リサがさわぎした。「のりたーい、のりたい、のりたい、のりたーい!」
あーあ、またはじまった。言い出したらきかないんだから、リサは。
それを見て、係りのおじいさんが言った。
「おじょうちゃん。よくわかってるねー。今日は十年にいちどのサービスデーなんだよね」
「サービスデー、サービスデー」リサがよろんでいる。
「ダイスケ、いっしょに乗ってあげなさい。」父さんはいつもこれだ。すぐぼくにおしつけるんだから。
「マサルはどうする?」
「んー、乗ってもいいけどー」とかいながら、マサルはけっこうそわそわしている。すなおじゃないんだよなー。
けっきょく、ぼくとリサとマサル、三人で乗ることになった。ほかにお客さんはいないみたい。
「ところでさあ、サービスデーっていうけど、どんなサービスがあんの?」おじいさんにきいてみた。
「それは乗ってみればすぐ分かるよ。乗ってみればね」教えてくれない。「それからね、これが大事なことなんだけど、もう終わりにしたいというときは、こういうんだよ。『ば・く・も・ん・て・い・か』」
「ば、ばくもんていか?」
「そうそう、ばくもんていか」
「でも、終わりにしたいって、おじいさんがとめるんじゃないの」
「もちろんそうだよ。まあ、とにかく乗ってみればわかるよ」
マサルがぶつぶつ言っている。「ばくもんていか。ていか、かいて・・。かいてん・・もくば。なーんだ。かいてんもくばをさかさまに言っただけじゃない」
「そのとおりだよ」そう言って、じろりとマサルを見たおじいさんの顔!なんだか知らないけど、ぼくはゾクッとした。ぜんぜんちがう人みたいだ。と思ったけど、すぐにいつものいねむり好きの、あのおじいさんの顔にもどっていた。
「そうそう、これを持っていきなさい」おじいさんが乗馬用のムチを一本づつぼくたちにわたした。「これがいるときがあると思うよ」
エエッ、木馬に乗るのにムチ?そんなわけないだろー。と思ったけれど、またにらまれるといやなので、持っていくことにした。
木馬に乗るとき、マサルが顔を近づけてきて言った。「あのおじいさんの口、見たか?キバがはえてたぞ」
「まさかー」ぼくは相手にしなかったけど、なんだかちょっと不安になった。
木馬がゆっくりまわりはじめた。
「サービスデー、サービスデー」前の木馬にのったリサがはしゃいでいる。
父さんの方をちらっと見ると、おじいさんのとなりのイスでコックリコックリはじめている。いつもおそくまではたらいて、つかれているんだな、きっと。でも、それにしても、いねむりをはじめるのが早すぎるよ。・・
木馬が二まわりくらいしたとき、後ろからへんな音が近づいてきた。

「パカパカパカ・・」これってひずめの音?と思ってふり返ってみて、びっくりした!なんとほんものの馬が走ってくるんだ!馬の上には、赤いベストをつけた白い犬。前足でたずなを持って、後ろ足で立って乗っている。ぼくたちにならんだかと思ったら、スーッとおいこしていった。
そうだ、これってサーカスに出てくるヤツだ!
マサルが言う。「あの犬はスピッツだな。しこむのはなかなかむつかしいんだぞ」

「サーカスだ、サーカスだ」リサがまたよろこんでいる。

ドドドドッという音がきこえてきた。何頭もの馬の走る音だ。見ると、乗っているのは、赤や青のヘルメットをかぶって、・・あれは競馬のジョッキーじゃないか!
「ああやってあぶみを短くしてお尻をうかして乗るのを、モンキー乗りって言うんだよ」と、マサル。へー、よく知ってるなあ。
まわりを見まわすと、もうここは遊園地の中じゃない。ぼくたちがいるのは、いつのまにか競馬場になっちゃってる!かん客席からかん声まで聞こえてくる。ジョッキーたちはムチをふりふり、追いこしていった。

また後ろからひずめの音がしたと思ったら、ぼくたちの頭の上を一頭の馬がとびこえていった。乗っているのは赤いジャケットに白い乗馬ズボン、ピカピカのブーツ姿のお姉さん。

またかん声がきこえるけど、さっきとはまわりのようすがちょっとちがう。ぼくたちは馬術のきょうぎ場にいるんだ!
「馬術の・・」マサルが何か言いかけたけど、ぼくはもっと大きい声で言ってやった。「馬術のきょうぎはブリティッシュとウエスタンがあるけど、これはブリティッシュだな」
「おねえさーん。かっこいーっ!」リサが手をふった。
お姉さんは、ふりかえってニッコリして、また馬をジャンプさせた。
まわりのけしきが変ってきた。ずっと先までつづく草原になってしまった。
そこにまた何頭もの馬がドドドドッとやってきた。馬に乗っているのは、ぼくたちと同じくらいの子どもたちだ。馬から落ちそうなくらいになって、地めんから何かをひろい上げたりしてる。
「き馬みんぞくだ。子どものころからああやって、馬をじゆうにあやつれるようにするんだよ」またマサルに言われてしまった。
つぎにパカパカパカとやってきたのは、時代げきみたいなかっこうに両手ばなしで、弓矢をもったお兄さん。アレッ、じんじゃの神主さんやみこさんの姿も見える。アッ、お兄さんが弓をひいた!
「やぶさめだな。もとをたどればへいあん時代から始まったんだよ。あの矢はかぶら矢って言うんだ。的はヒノキの板さ」やったあ。ぼくの言うほうが早かった。
こんどは、何頭もの牛が地ひびきをたててぼくたちを追いこしていった。
土けむりがもうもうとたって、ぼくたちはゲホゲホやった。その後ろから馬の上でなげナワをくるくるやってる人がいる。テンガロンハットをかぶったカウボーイだ!
「イー、ヤッホウ!」なんてさけんでいる。
「イー、ヤッホウ!」ぼくらもまねをした。
カウボーイはニッコリ笑って、ぼくらを追いこしていった。
後ろからガチャガチャいう音がきこえてきた。

見ると、馬の上にはからだも頭も銀色に光るよろい姿。あれは、西洋の騎士だ!木でできた太くて長いヤリをこちらに向けている!
こ、こちらに向かってくるぞ!ぼくはなんだかこわくなってきた。逃げたほうがよさそうだ。
そうだ、ムチをもっていたんだ。
木馬にムチをあてると、スピードが上がった。よこにならんだリサにも教えてあげる。「リサ、こうやって木馬のおしりをたたくんだ」
リサもペチペチやりはじめた。リサの木馬がスピードを上げて、またぼくの前にいった。後ろを見たら、マサルもペンペンやっている。
騎士をおいこして、一頭の馬が近づいてきた。
でもへんな馬だ。頭に一本、するどいツノがある。そうだ、あれは馬なんかじゃない、ユニコーンだ!
「ユニコーンは馬やシカよりはやく走れるんだよ。あのツノで象でもやっつけられるんだ。けっこう気があらいんだぜ」マサルの声はふるえている。
言われなくてもわかってるよ。だってあんなにこわい顔してとっ進してくるんだもの。ぼくらはひっ死になってムチをあてた。
こんどは人間が走ってきた。パカパカパカって。・・エッ、そんなばかな。

ち、ちがう!上は人間だけど、下のほうは馬の姿だ!そうだ、これってギリシャ神話に出てくるケンタウロスじゃないか!
「ケンタウロスはだいたいああやって、弓矢をもっているんだよね。ケンタウロス座って星座もあるの知ってるか?」マサルの声はもう泣き声になっている。だったらしゃべらなきゃいいのに。
ケンタウロスがニターッとぶきみに笑ったかと思うと、弓をひいた。
ひゅーん。ぼくの頭の上を矢がかすめた。

リサが泣き出した。
「お兄ちゃん、こわーい。たすけてーっ」
待ってろ、リサ。お兄ちゃんが助けてやるからな。そうだ、おじいさんが言ってたっけ。終わりにしたいときにいうことば。ば、ば・・なんだっけ。
アッ、リサがふり向いてなんか言うみたいだぞ。そうかリサ、あのことばをおぼえているんだな。えらいぞ、さすがはぼくの妹だ。よし、言うんだ、リサ!
「ばちゅみょんちぇいか!」
だ、だめだ。リサは、こわい目にあうと、赤ちゃんことばが出るんだ。
ユニコーンやケンタウロスが一しゅんきょとんとして、スピードが落ちた。でもすぐにダッシュしてこちらに向かってきた。
ぼくはマサルのほうをふり向いた。
「マサルー、おぼえているかー。おじいさんが言ったあのことば。」
「もちろんだよ。なんだダイスケ、わすれちゃったのかー。だめだなー。よし、言うぞー」
マサルってけっこう頼りになるやつなんだな。よしマサル、言ってくれ!
「ばもんていか! し、しまった!」
「ウォーッ!」さけび声だ。ケンタウロスがおこっている。また弓をかまえた!
マサルのばか!なにを言ってるんだ。そうだ、ぼくも思い出したぞ。よーし、きめてやる。
「ば、ばもんていか! し、しまった!」
ガチャガチャとよろいをならして、騎士がすぐ後ろにせまってくる。またケンタウロスの矢がとんできた。やられた!っと思ったら、矢はぼくのからだをスーッととおりぬけて前におちた。
「ば・く・も・ん・て・い・か!」マサルがさけんだ。やったあ!
すぐ後ろにいた騎士がフッと消えた。ユニコーンも消えた。そして、ケンタウロスも。・・みんな消えてしまった。


気がつくと、まわりはあの遊園地。ぼくたちが乗っているのも、もとどおりのあの、しょぼーい回転木馬にもどっている。矢があたったと思うところをさわってみたけど、ぼくのからだはなんともない。
「とめるからねー」おじいさんの声だ。
ぼくたちはボーッとなって、ちょっとフラフラしながら、回転木馬からおりていった。
「なんだ、早かったんだね。サービスはまだまだこれからなんだよ。もっとゆっくり楽しめばよかったのに」おじいさんがニヤニヤしている。「ひょっとして、こわくなったのかね?」
なんだかくやしくなって、言ってやった。「まさかー、妹がまだ小さいからさあ、まあこれくらいでいいかなって・・」だけど、足はまだふるえていた。
父さんを見ると、あいかわらず口をあけていねむりしている。おじいさんが、その顔の上で手をヒラヒラさせると、なぜだか父さんは目をさました。
「ンーンッ、よくねたなあ。あれ、もう終わったのか。どうだリサ、おもしろかったか。どうした、顔色が悪いぞ。ダイスケどうしたんだ。リサをちゃんと見てなきゃだめじゃないか」
あーあ、なんにも知らないんだから。

かえり道、父さんが思い出したように言った。
「そういえば、あのおじいさん。おれの子どものころからいたなあ。あのころは今より年とってたぞ」
「うっそだー」ぼくとマサルは笑った。「それじゃあ人間じゃないじゃないか」
えっ、人間じゃないって。・・二人で顔を見あわせた。

「アッ、コウモリ!」 リサが日のくれはじめた空を指さした。
ちょうど遊園地の上のあたりを、コウモリのむれがとんでいる。でもその中に一ぴき、ずいぶん大きいのがまじっていた。長いシッポをクネクネさせて。・・
そして、見えなくなった。

しばらくして、マサルが言った。
「本で見たことあるんだけどさあ。長いシッポがはえてて、コウモリみたいなツバサがあるのって、あれって、あく、あく・・」さいごまで言えなかった。

そのとき、なにもない空から笑い声がきこえてきた。

「ヒェッヒェッヒェッヒェッ、ヒェーッヒェッヒェッヒェッ・・」

(おわり)


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