昭和小五郎

街,建物,店など

私は私立探偵、昭和小五郎である。
晴海通りで都電を降りてすぐの日比谷、三信ビルディングに事務所を構えている。
フォードやパッカードで乗り付けたいところであるが、生憎そういう身分ではない。
アールデコにしつらえたホールからエレベーターに乗り、5階の右側3番目が私の探偵事務所である。因みに両隣は「横田貿易商会」と「ジョンソン保険協会」。
ドアは木枠に擦りガラスで、そこに「私立探偵・昭和小五郎事務所」と金文字で入れてあるので、すぐわかる。
1階アーケードのニューワールドサービスでスペシャルハンバーガーセットを食しつつ、東京日々新聞に目を通すのが毎朝の習慣である。
事務所に入り、センタークリースの帽子コート掛けに投げて、上手く掛かればその日は上手く行くという、ゲン担ぎをやっている。ポークパイではなかなか上手くいかないし、三つ揃いにはセンタークリースがバランスが良いというのが、私の持論でもある。

ライバルはフィリップ・マーロウと明智小五郎。勿論二人とも私のことは知らないと思うが、勝手にライバルにさせてもらっている。
「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」とはいうものの、探偵稼業はこれでなかなか辛いものである。
明智氏のように私も、怪人二十面相や黒蜥蜴のような骨のある相手とやりあってみたいものだが、このところ浮気調査ばかりで少し腐り気味である。私の得意とする推理と変装術を存分に駆使して大物と組み合ってみたいものである。
もっとも、裕福な依頼人からの浮気調査は実入りが良いので、これはこれで利点があるが。
もちろん、ショルダーホルスターに収めたスミス&ウェッスンの使い方には自信がある。手入れも毎日欠かさない。

しかしながら正直に申せば、このところいささか金欠病である。なにしろ依頼人はもう10日訪れていない。実は明日のめし代の心配をしている。こうなったら毎朝のスペシャルハンバーガーセットも二日に1回にするか・・
おっと依頼人のようだ。あれはこの前しこたま稼がせてくれた、G氏ではないか。前金を気前よく渡してくれる・・

よしよし、今夜は久しぶりに酒にありつけそうだ。5丁目のルパン極上のスカッチをトゥーフィンガーでやるのも良いな。トリスのハイボールもこれはこれで良いものではあるが、今宵は遠慮しておこう。
そう言えばデスクに乗せたこの靴もかなり傷んできたし、1階のウォーカー靴店で米国製のストレートチップを新調するのも悪くないな。

諸君、それでは失敬する。


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